谷川岳東尾根

記:小瀧暁虎

・     日時:平成17年3月27日(日)

・     メンバー:川奈部隆之、小瀧暁虎

・     記録:ロープウェー休憩所出発(5:00) 一ノ倉沢出合(5:45-55)シンセンのコル(7:50-8:10)第二岩峰取付(8:40-9:40)観倉台(12:30) 第一岩峰取付(13:40-14:00) 第一岩峰通過(14:50) オキノ耳(15:50-16:30)天神平ロープウェー(18:00) 下山(18:15)

-序章-

「ヒガシオネ、ヒガシオネ、ヒガシオネ・・・」。今回の山行の直前までの海外出張中、この言葉が念仏のように頭のどこかにあった。

出張前の2月に川奈部さんと鮓本さんと今回の山行を決定したものの、実は、結構プレッシャーでもあった。体力的なものはもちろん、1月の八ケ岳で再発した右膝痛がとても心配だった。そのため、出張中は朝晩にホテルの部屋でスクワット等の筋トレをしたり、週末にはウランバートル郊外の山に登ったりと、いつもは出張で運動不足になりがちな自分を、今回はこの念仏で戒めていた。

帰国直後、鮓本さんが仕事で参加できないとの連絡を受け、川奈部さんと2名になってしまった。川奈部さんは行く気マンマンだったが、自分は少し不安が残ったため、行き先の変更も含めて、お互いに再検討することで電話を切った。その電話を切った時、本音では少し安堵したところもあったが、それまでの1ヶ月の出張中、絶えず頭を駆け巡ってきたあの念仏がまた頭の中を回り始めた。「ヒガシオネ、ヒガシオネ、ヒガシオネ・・・」と。「この機会を簡単に逃す程度だったら、永遠に次はないかも」と思い直し、川奈部さんに翌朝、すぐ電話し、東尾根決行が決まった。

-3月25日-

金曜日の21時過ぎに川奈部さんを西武池袋線練馬高野台駅でピックアップ。一路、谷川岳へ向かった。翌日の天気は大荒れの予想。水上ICまでは穏やかだった空も、湯檜曽を過ぎる頃には雪が舞い始め、土合からは新雪積もる冬の世界に変わっていった。谷川岳ロープウェイ駐車場に車を止め、売店がある6階に上がる。ここは、床暖房付無料仮眠フロアー(日中はただの売店前の地べたなのだが・・)。缶ビールで一杯やり、午前1時過ぎに就寝。周囲は、山屋が3〜4パーティー、スキーヤー10名程度か。翌日の天気予報が悪いためか、思ったより人は少ない。

-3月26日-

土曜日朝、目覚ましどおり3時半に起きるが、さすがに寝てから2時間も経っておらず強烈に眠い・・・川奈部さんも同様のようだ。。。周囲も起き始める様子が全くない。とりあえず、もう15分寝ることに。また、目覚ましが鳴る。眠い目をこすりながら、一応、天気を確認しに外へ出るも、暗闇の中をビュービューと粉雪が舞っていた。相談の結果、予備日無しでも明日へ入山は延期することとし、土曜日はゆっくり一の倉沢出合まで行き、取付の確認だけすることにした。

そう決まると否や、二人ともまた床暖房のヌクヌクの上で、再び爆睡モードへ。日ごろの疲れがたまっていたのか、周囲の人たちとっくに支度・出発し、8時頃に売店が開きだす頃まで二人とも寝ていた。ようやく起き出し、ゆっくりと支度。一ノ倉出合まで行って、昼過ぎにはロープウェー売店兼休憩所に戻ってきた。出合まではわずかなトレースはあるものの、ここ数日の豪雪ですっかり膝下くらいのラッセルとなり、結構時間がかかった。二人とも口には出さなかったが、翌日も朝からこの状態であれば時間的に東尾根は厳しいことは明白だった。谷川岳東面は衝立岩が風雪のガスの中からうっすらと聳え、とても人間が受け入れてもらえるような場所とは思えないくらいの威圧感だった。

休憩所に戻り、昼食とつまみにビールを飲み、再び畳みの休憩室で夕方まで爆睡。それしても、二人とも眠る眠る。一日延期して正解、そして昼からビール飲を飲みその場で眠れるなんて幸せ気分一杯だった。夜は湯檜曽の温泉に入り、焼肉屋で前夜祭として乾杯!!なんだか山に登らず飲んでばっかりである。夕食後は、またロープウェー6階の素敵な仮眠フロアーに戻り、21時頃に就寝。寝袋が不要なくらい床暖房がぽかぽかときいている。とても快適!ただ、連泊でここにお世話になるとは思いもしなかったが。。。

-3月27日-

3時起床。昨日よりずっと目覚めが良い〜。21時に寝れば、あたりまえか。

外へ様子を見に行くと、雪は既に止んでおり、月と星がキラキラと青白い山肌の上に輝いていた。風もなく、気温も低い!今日はいけると二人で喜ぶ。予定どおり4時出発。先行パーティーがあったのか、一ノ倉沢出合までトレースが伸びていて助かる助かる。昨日は1時間半以上かかった道も、今日は45分で到着してしまった。

一ノ倉沢で雪の状態を見た上で、雪崩の危険性を判断、東尾根へ取り付くか西黒尾根に変更するかを川奈部さんが判断することになっていたが、ここまで来てしまえば引き返すのも面倒で、案の定「行けるだけ行こう」ということに。僕も大賛成!!この機会を逃したくはない。

出合からは、昨日はガスに覆われていた谷川東面の絶壁が、今日は何一つ遮るものなく荘厳に聳えている。東から昇ってきた朝日が谷川岳の頂を照らし始め、次第に下へ下へと白い山肌を赤らめながら、最高の朝を我々にプレゼントしてくれた。

デブリを越え、一の沢へ入り、シンセンのコル目指して登る。先行1名のスノーシューズのトレースがあるものの、我々アイゼン派は膝下ラッセルとなり、ゼーゼー言いながら高度を稼ぐ。少しブランクが空いたとはいえ、さすが川奈部さんの体力にはかなわず、交代交代で進むものの、最後の方はついていくのが精一杯であった。後ろを振り向くと、3パーティーほどが続いて登ってきているのが見えた。コル手前残りわずかで、単独で登っていた先行者に追いつき、最後は3人でシンセンのコルに到着。出合から約2時間。想像以上に長く辛い登りだった。。。。

                        シンセンのコル目指して登る

簡単な腹ごしらえ後、第2岩峰目指し、シンセンのコルを出発。直ぐにマチガ沢へスッパリ落ちる不安定な雪と草付きの壁に行く手を阻まれる。川奈部さん「結構悪いわ〜。下見たらアカンで〜」。小瀧「本当にここ登るんすか・・・・」。そんな会話を交わしていると、後続パーティーは手前の別のラインから小さな雪庇を切り崩して、一の倉沢側へ消えていってしまった。小瀧「そっち安定してますか〜」。前述パーティー「大丈夫ですよ〜」。結局、我々も戻ってそのルートをとることに。そこからは、全く問題なさそうな雪壁が第2岩峰基部まで続いていた。初見とルート経験者との違いを痛感。そのやりとりで、シンセンのコルまで頑張ってトップで登ってきたのにも関わらず、簡単に先を2パーティーに抜かされ、第二岩峰取り付きでは3番目になってしまった。トホホ・・

 

さて、第二岩峰も降雪直後で雪が覆いかぶさり、悪いみたいだ。先行パーティーのトップが結構難儀している。一方、我々は天気もポカポカ陽気でゆっくり休憩することに。2パーティーが通過した約1時間後に川奈部さんトップで取り付き。難なく通過。僕もフォローで続く。

第二岩峰からは観倉台までは緩やかな雪壁。先行パーティーがラッセルしてくれるため、特に問題はないのだが、とにかく気温が高く、アイゼンがダンゴ状態。。。加えて、なんとピッケルにまで湿雪がまとわりつき、払い落とすのが大変であった。春めいた気温のため、マチガ沢側では、時折小さな雪崩がザーという音とともに発生していた。

気温が上昇し雪が腐り始めていたため、この先、観倉台のスノーリッジの通過が結構心配になっていたが、実際に取り付いてみると、思った以上に安定していて問題にはなる場所はなかった。50Mロープ一杯に伸ばしながら、スタンディングアックスで確保しながらスタカットで登っていく。天気も展望も最高で、お互い写真を取りまくる。しかし、出合からのラッセル、第2岩峰の順番待ち等で、時間がかなりかかっているのは気になっていた。観倉台通過、この時、午後1時過ぎ。
        
                                     観倉台のスノーリッジ

第一岩峰取り付きに1時30分に到着。ここは8畳ほどのテラスになっていた。第一岩峰は、雪の状態が良ければ通常一ノ倉沢側を巻くのだが、トップのベテラン組は腐り始めた雪の状態を考慮してか直登ルートを選択。意外に難しそうに登っている。我々はとりあえず、テラスで小休止することにした。

ここで、とんでもない本当の意味での落とし穴が!!

川奈部さんが用を足そうとテラスの端に寄った時、「わっ」という声と同時に、ズボっとお尻から身体ごと雪に埋まってしまった。笑いながら、小瀧「大丈夫ですか〜(^^)」、川奈部さん「マジマジ、笑ってないで早く助けてや〜」。どうやら、川奈部さんは直感的に普通の埋まり方ではないことを感じていたらしい。近づいて手を握り「えいっ」と引き上げようとすると、な、なんと、ゴゴゴーというもの凄い音と同時に、川奈部さんが埋まっていた2畳分くらいの雪の固まりが、足元からマチガ沢へ崩れ落ちて行った・・ウソ?!・・・唖然・・

川奈部&小瀧「ヒエ〜〜〜」。

二人は握りあった片手のみでつながっているが、まさにクリフハンガー状態。。。。どうする?!どうするって、こんな状態ではどうしようもない。動くに動けないし、無理に引き上げても自分の立っているテラスが崩れないとも分からない。けど、掴んでいる右手の握力が次第になくなってくる。。。。ヤ・バ・イ。。。。周囲のパーティーも呆然。

とにかく、後続パーティーに叫び助けを呼んだ。1名があたふたと腰がらみで我々のロープを確保するものの、そんな確保はこの状況では不安過ぎる。川奈部さんは努めて冷静になろうと、自分の足場の状態を説明したり、別パーティーに指示を出している。

幸い、第一岩峰を登りかけていたベテラン組の一人が騒ぎをききつけ、我々のロープをハーケンにかけてあるカラビナにクリックしてくれ、ようやく安堵のため息「助かった〜」。この間、恐らく2分位の出来事だったろうか。ロープで確保した後、別パーティーの力も借りて3人で川奈部さんを引きずり上げる。今までで山の経験の中で、正直一番ピンチだった。ちなみに、川奈部さんは過去2番目のピンチだったらしいが、経験豊富な川奈部さんですら2番目ということは相当だったのだろう。思えば、本当に川奈部さんがマチガ沢に落ちて行った時は、僕が一ノ倉沢に飛び込めば二人して谷に落ちることはなかったかもしれなかった。よく、冗談では聞いたことがあったが、その時は本当にそこまで考えられないという、自分の未熟さも知った。ちなみに、川奈部さんがもよおしていた小便は、ショックのあまりひっこんでしまったらしい(笑)。


  マチガ沢側へ崩れ落ちた足場

さあ、気を取り直して、第1岩峰登攀開始。川奈部さんがトップで行く。やはり、結構難しそう。途中の支点がなく、カム類も持ってきていなかったため、アングル1本を中間支点に打ち、辛うじて上部に消えて行った。「ビレー解除」の掛け声の後、さあ、僕の番!といざ取り付くも、傾斜がきつい上に、スタンスもあるにはあるが、角度が意外にねているため全然安定しない。A0で抜けようとアングルにかけてあったスリングを掴み登ろうとするも、もがいている内にアングルが抜け落ち、お尻を強打する。雪はだませても岩は技術に正直であることを痛感。練習不足もあいまって、まったく歯が立たない。4級がこんなに難しいとは。。。。

先ほどのクリフハンガーの1件で仲良くなった境町山岳会の方が、ユマールをかしてくれるというので、そのお言葉に甘えさせてもらう。四苦八苦の末、なんとか抜けられたが、岩の練習をする必要性を今回も痛感することとなった。 


  第一岩峰を登攀する川奈部さん

第一岩峰を抜けてから、残りの雪壁と最後のトラバース、計4ピッチを約1時間で抜け、ようやくオキノ耳に到着。安全地帯に入る瞬間、やはり安堵の笑みが出てしまうのは誰でも同じだと思う。この時既に16時前。天神平スキー場のロープウェー最終が16時半であることから、間に合うはずもなく、ヘッドランプ下山を覚悟する。まあ、天気が良く、命拾いもしたから良しとしよう!!何かとお世話になった後続パーティーが登頂するのを30分ほど待ち、合計3パーティーで集合記念写真!お互い、出合からのラッセル、クリフハンガー事件、ユマールを拝借するetc 途中から妙な一体感が生まれおり、お互い登頂した時には固い固い握手をした。

16時半、3パーティで下山開始、西黒尾根か天神尾根経由どちらを選択すべきか迷ったが、西黒尾根は短いものの途中難しいポイントがあるとの境町山岳会のアドバイスから、天神尾根経由に決定。ひたすら、日の暮れかけた稜線を下山する。18時に天神ロープウェイ乗り場に到着。ここからまた2時間ほどヘッドランプでの下山を覚悟していたが、なんとラッキーなことに、人は乗っていないものの、ロープウェイがまだ動いているではないか!!どうやら定期点検中で、スタッフもまだいる。ここは恥を承知で乗せてもらうべく嘆願しにいくと、意外にもあっさりOKの回答をもらえた。もちろん、特別サービスであることは言うまでもないが。そのお陰で、たったの15分足らずで雪山の世界から、下界へワープしてしまい無事下山。最後に、登山指導センターに下山報告をし、皆さんにお礼とお別れで帰路についた。


 頂上直下をトラバースする川奈部さん


  オキノ耳で他パーティーと記念撮影

今回の東尾根を断念するきっかけは、膝痛、メンバー減、吹雪、雪崩の危険性等、いくらでも途中に転がっていたが、ヒガシオネ念仏が邪念や恐怖を振り払ってくれたお陰で決行となり、結果的にもとても思い出深い山行となった。また、とにかく最後の最後まで人に助けられ、人のありがたみを知る山行でもあった。次回は岩登りの技術を磨いた上で、また東尾根へ宝物探しに出かけたい。

 

(終わり)