白山 境川支流大畠谷遡行〜開津谷下降 山行記録

 

メンバー アサノ、ハタヤ(京都雪稜クラブ)

     ヤナセ(関西岩峰会)

 

「天気予報が・・・」

芳しくない。折悪しく台風まで発生してしまった。

出発の1週間前あたりからインターネットの天気予報をチェックし、微妙な予報の変化に一喜一憂しながら出発まで悶々とした毎日を送っていた。盆の八久和川敗退以後、あまり良い山行ができていない。前週の3連休は大畠谷に疲れを残さないようにあえて休息をとったのだが、歯噛みするほどに良い天気であった。

10月3連休は社内旅行で完全につぶされるので、この3連休の山行が成功するか否かで今年の沢シーズンが充実したものになるかどうかが決まるといっても過言ではなかった。

 

大畠谷・・。5級というグレードが付けられているこの沢は上部で二俣をなし、この二俣は左右両俣ともぐるりと大岩壁に囲まれて容易に遡行を許さない。その突破には、沢屋であることは当然ながら、マルチの岩登りができるということが必要条件となってくる。

今回のメンバーは、雪稜クラブの沢のスペシャリスト、アサノさんと最近メキメキ沢の腕を上げている雪稜クラブの若きホープ、ハタヤさんとの3人である。屈強なパートナー達であるが、いかんせん普段なかなか組む機会のもてるチームではないこともあり、何としてもこの稀有なチャンスをものにしたかった。

 

予報は微妙・・、台風の進路如何によっては修羅場になる可能性もないとは言いきれない。

「アサノさん、天気が微妙ですな・・。せめて遡行できる程度に持ってくれればいいのですが。」

「あぁー、まあ・・・、   大丈夫でしょ!!」

拍子抜けするほどの飄々とした口調に思わず吹き出してしまう。しかしお陰でだいぶ気が楽になった。今更どうこうと思い悩んだところでどうすることもできない。事ここに至っては、もはやあたって砕けるよりほかないのだ。

 

9月23日、5時起床。さすがに秋が深まってきており空はまだ暗い。幸い満点の星空、行ける!!。

6時出発。さすがにもう明るい。大畠谷出合にかかる吊り橋手前で沢に降り入渓する。1箇所ほど一瞬泳ぐ所があったが、そこ以外はしばらく平凡な流れを遡行する。刺激がないので眠い・・。やがて圧倒的な様相でそびえる2段30m滝にぶつかった。直登は無理で、一段上がり右岸のルンゼっぽい草付き混じりの壁を登る。私とアサノさんで2ピッチロープを伸ばし、後は右岸のブッシュの斜面を下部廊下に平行にトラバースするように巻き、懸垂することなくドンピシャで下部廊下の終了地点に降り立った。アサノさんの見事なルートファインディングであった。そこから大谷出合まではしばらく河原歩きがつづく。歩きながらさっきからチラチラと岩魚の魚影が目立つ。今回釣り道具は持って来てはいるものの1日目は苦労しそうなので釣りしている時間はないだろうと踏んでいたのだが、しかしだからといって目の前を尺・・、いや下手をすれば40cm近いのではないかと思えるほどのものが行き交っているのである。ここで竿をださないものは釣り師ではないだろう。2人に拝むようにしてお願いして大谷出合まで釣り上がりをさせてもらうことにする。しかし、いざルアーを投げ込んでみると追っかけはするもののなかなか食いつかない。盛夏ならバカ釣れしそうな気がするのだが、産卵シーズンを控えてやや活性が落ちているのかどうか・・。

それともただ単に腕が悪いだけなのか・・・。それでもかろうじて1匹だけ釣る事ができた。

―釣りは10時まで。

そう心に決めていながら、つい熱中して「まずいなあ・・」と思いながらも15分オーバーし、10時15分頃に大谷出合に到着。ここから上部廊下が始まるのでさすがに竿をしまうことにする。

みるみる両岸が切り立ってきた。いよいよ上部廊下のはじまりである。まずネジレ状の3段15m、こいつは一瞬飛瀑を受けて右岸へ横断、左壁より落ち口へと降り立つ。難しくはないが最後に落ち口へトラバースするところが少しこわい。なおも両岸は切り立ち小滝が連続するものの快適に遡行、実におもしろい。

やがて3m、8mのCS滝が現われ直登は無理、左岸を巻き残置ハーケン2本で落ち口へ斜めに懸垂する。

この箇所は悪そうに書いてある記述が散見できたが、実際にはさほど悪くもなかった。さらにゴルジュ続く。ここから上、数カ所が上部廊下のハイライトというべきか、手応えのある滝が3箇所立て続けに出てきて、立て続けにアンザイレンする。まず6m滝、これは右の垂壁を登る。一瞬足が細かく難しいが、落ちてもドボンで済みそうな気がする(気がするだけで実際はわからない)のでフリー感覚で登れる。次の5m滝は釜を泳いで左壁に取り付く。見た目ほど悪くないが泳いで壁に取り付くという沢独特のシチュエーションは最高におもしろい。次は6〜7m滝、左壁を右上ぎみにのぼるがスタンスがややカ外傾しており沢靴のフリクションを最大限に発揮しなければならない所。ここでちょうど12時ごろ。あまり休憩もとっていなかったので昼食とする。天気、ペースともに実に順調、最高である。なおもゴルジュは続く。5m滝、流水ぎりぎりの右壁を手足のホールドを滝の中に求めて上がる。だいぶ沢が開けてきた。ここまできたら気が楽である。あとは2段40mの滝の高巻きのみで二俣につくはずである。が、この2段40mの巻きがややハマった。過去の記録では「右岸からまいてあっさり抜けられた」とあったのだが、滝のやや手前の左岸に踏み跡らしきもの(人が頻繁に入る沢とも思えないので、ふりかえって思えば踏み跡ではないのだろう)があったので吸い寄せされるようにそっちへ入ってしまった。どんどん上へ巻き上がらされて、天気が良いこともあり汗が滝のように流れる。「クソーッ」と思いながら更に上を目指そうとするとアサノさんから「懸垂しましょうか」と声をかけられふと我にかえる。下は断崖絶壁のゴルジュだが、滝を越えているのは間違いない。50mダブルなら問題ないだろう、たぶん・・。40mほどの懸垂で沢に降り立つことができ、待望の水にありつくことができた。この巻きでやや消耗させられた私は少しフラフラした足取りで遡行をつづけることつかの間、突如正面にすさまじい光景が飛びこんできた。まず左俣大滝が正面に見える。近づくにつれ左右の視界が開け二俣の全容を見渡すことができるようになる。目指す右俣ゴルジュは壁のなかに深くめり込んで正面からそれと認めるとこはできない。

―これが噂の二俣か・・。

難攻不落の城塞のごとく構える二俣の大岩壁は写真でみるよりも傾斜が立っているように見え、遠目からでは攻めるべきラインがよくわからない。右俣ゴルジュ入り口まで近づいてみるが地形が複雑に入り組みすぎているため、かえって視界が遮られやはりよくわからない。

―まあいい。明日の課題だ。

とにかく今日はこの大城塞に見守られるようにして一夜を過ごすのだ。焚き火をして早速岩魚の調理にかかる。塩を忘れてしまったのでハタヤさんが持ってきていただいたユカリをまぶして梅風味の岩魚を食することにする。「うーむ、なかなかいける!!」思わぬ発見であった。3人で仲良く食し、ハタヤさんは何と骨と頭まで食べてしまった。実は、頭は火が完全に通っているかどうか疑わしかったのだが、まあ鉄の胃袋をもっていそうなハタヤさんなら大丈夫だろう。満天の星空、大岩壁に見守られての焚き火・・、最高の一夜であった。少なくとも寝るまでは・・・。

 

夜中にふと目を覚ますと、ツエルトを雨がたたく音が聞こえる。

―マジか・・。

ほんやりした意識のなかに不安を抱きながら、寝ているとも起きているともわからないうつらうつらとした状態の中で夜の時間が過ぎていく。

9月24日、6時起床。霧雨。岩は湿っており、この二俣登攀のために持参したクライミングシューズはただの重石と化した。8時出発。右俣ゴルジュに突入する。入口から少し入ったところで左岸から右岸へとショルダーで越え、そこから更に1段上がり10m滝下に達する。ゴルジュ内はトンネルのように狭く、激しくくねっており、大岩壁のはらわたの中を通っているみたいだ。可能な限り水線沿いを攻めたいアサノさんはこの10m滝を右岸から小さく巻きたいようであったが、私は消極的にもオーソドックスな左岸の登攀を希望し、快く受け入れていただく。1P目、ゴルジュから上がり小リッジをまたぎ、左上ぎみにあがる。小リッジをまたぐと視界が開けるのだが、飛びこんでくる光景は辺り一面の壁、壁、壁・・。ピンはない、一切ない。岩登り自体はU〜V程度のものだが、ランナーが取れず目指すべきラインがはっきりとわからないのでどうしても動きがぎこちなくなる。ハーケンを打ちこむリスは豊富にありそうだが、よく効くものがなかなか見当たらず、ビレー点の工作に苦労する。上のような理由で1P目はやや時間をくってしまった。しかし慣れてくるとだんだん目指すべきラインがはっきりと見えてきた。アサノさんと交代で計4ピッチでこの壁を抜ける。あとは左岸の斜面をトラバースぎみに行くと沢に落ち込んでいる藪尾根にぶつかり、この藪尾根を下ればあとは5m程度の懸垂で沢にもどることができた。壁に取り付いてから、実に3時間以上の格闘であった。このあとはとくに難所もなく40m斜瀑も快適に直登できたが、稜線にでるまでの藪漕ぎが予想以上に長く激しく、やや閉口する。もしかしたらライン取りに無駄があったかもしれない。GPSによると1591mピークのわずか南方に出たようだ。すぐに1591mピークに達し、登山道を奈良岳とのコルまで行き、そこから開津谷左俣の下降を開始する。再び藪漕ぎ、地面はガレていて歩きづらい。しかし下るに従い、徐々に左右が開けて歩きやすくなってくるので、次第に気持ちが和らいできた。下降を開始して1時間で開津谷二俣に到着、今日の幕場とする。天気は朝から良くも悪くもならず、相変わらず霧雨がつづいている。しかし焚き火を起こすには極端な障害にはならず、景気良く燃えてくれたので、何とか衣類を乾かすことができた。地面が濡れているのであまりどっかりと腰を下ろす気にはなれず、焚き火を囲んでほとんど立ったままであったが、3人とも今回の山行の話を皮切りに、沢の話題で大いに盛り上がった。もしかしたらその光景は井戸端会議をしているオバチャンに似ていたかもしれない。

 

9月25日、5時起床。天気は昨日からほとんど変わらない。霧雨である。今日は下るだけなので気が楽だが、油断は禁物。ここでケガをしたら折角の栄光が台無しである。下降を開始してすぐに連瀑帯になる。アサノさんに懸垂ができそうな所がないか探ってもらうが、ありそうにないとのことなので右岸を巻き下りる。存外あっさりと降りることができた。さらにゴルジュの中を下降するが、残置テープなどもあり、下り自体は問題ない。魚留めの滝手前の滝で、ハタヤさんから長いスリングを提供してもらい巨石を支点に一回懸垂。魚留めの滝は一個が残置ハーケン、1個が突き出た岩角にかけた残置スリングの2点を支点として懸垂。この残置支点はどうなっているのか最初意味がわからずしばらく悩んでしまったが、アサノさんが岩角にスリングをかけたのを見て初めて意味がわかり、思わず感心してしまった。

この懸垂を終えてさらに下りつづけることつかの間、テント場の二俣から実に2時間足らずで林道の延びた工事中の堰堤に降り立つことができた。

 

あとがき

昨年の暮れの時点で、私は次シーズンの沢の目標に3つの沢を上げていた。

台高 銚子川支流岩井谷

朝日連峰 八久和川

白山 境川支流大畠谷

 

そのうち銚子川岩井谷は、藪尾根のど真ん中でビバークするという苦労はあったものの、良い天気に恵まれシーズンの早い段階で何とか成し遂げることができた。八久和川は悪天であえなく敗退、尺岩魚がつれたことが唯一の慰めだが、天気には勝てずこれは仕方がない。

そして今回の大畠谷・・。正直なところ、この沢は目標にあげた3つの沢で一番実現が難しいだろう、というよりも正直なところ今年中の実現をあまり深く考えていなかった。池郷川下部ゴルジュに御一緒させていただいた際にアサノさんにダメもとで声をかけてみた。しかし意外(というのはあるいは失礼かもしないが)にも「行きましょう!!」という力強いお返事をメールでいただくことができた。それに雪稜クラブのホープ、ハタヤさんという屈強なメンバーも加わり、淡く灯っていた希望の炎が突如激しく燃えるがごとく今期最後の目標に向かって突き進むことができたのである。

出発直前に台風が発生し、一時はどうなるものかという不安もあったが、何とか計画を計画どおりに遂行することができた。今回御一緒していただいたアサノさん、ハタヤさんにはあらためて感謝の意を表したいとともに、同じ沢を志す同志としてこれからも山行を共にしていただけたら有り難いと思う。