剣岳 剣尾根 R4

 

記 梁瀬 俊之 

 昨年の、R4敗退の屈辱を忘れられなかった。

 「氷が薄すぎる。登攀不可能だ!!。特に1P目なんか人が登れるとは思えん。」 ほんの少し取付いてみたものの、やはり見た目通り悪かったので、あっさりとこのように判断した。我々のすぐ後で取付いた独標登高会のパーティーも、我々より少ししつこく粘っていたが結局答えは一緒であった。しかし、翌日池ノ谷から下山中にR4を見上げると、何と人が登っているではないか!!。彼らは既に極悪そうな1P目を突破しており、2P目の登攀にはいっていた。「どうやって、あの極悪な1P目をこなしたんだ!?。」 しばらく呆然としながら彼らの登攀を眺めていた。「落ちろ、落ちちまえ!!。」とさえ願ったものだった。しかし彼らの登りは安定しており、ぐんぐんと上に登っいく。「登攀不可能などではない、単に我々の実力が無かっただけのことだったのだ!!。」 力強く登っている彼らの姿は、この事実を如実に我々に物語っており、鹿島槍北壁をこの年の4月初旬に完登し、少し有頂天になっていたかもしれない我々は、ハンマーかなんかで頭をガーンと殴られたような強いショックを受けたのだった。

 あれから1年、今年は昨年以上に雪が多い。R4の状態はまず間違い無く、昨年より良好と見ていいだろう。今年のシーズンは、ウォーターフォールアイスのような、いわゆるピュアなアイスクライミングは昨年より抑えて、冬壁のようなミックスを中心に行ってR4に備えた。今年は登攀不可能などという言い訳は通用しない。クライマーの意地にかけて完登してみせる。そういう意気込みで剣に挑んだ。

 4月29日、馬場島は明け方近くまで雨が降っていたようであった。上を見上げると山々の木々に雪が乗っかっている。上は降雪があったらしい。富山県警に計画書を提出しに行き、今日は何パーティー池ノ谷に入っているか尋ねると、何と我々が最初だという。あとは小窓尾根や早月尾根のような大衆ルートのパーティーばかりだ。何てこった、池ノ谷からラッセルじゃないか!?。不安は的中した。池ノ谷出合までは小窓尾根パーティーのトレースを利用できたが、池ノ谷からはひどい時は太もも位までのラッセル。前日までの降雪で、かなりの量の新雪が積っているのだ。左岸、右岸からドッカンドッカン雪崩が起きてきた。一回、我々が通過したところに通過直後、結構なヤツがゴーッと音を立てて落ちてきたのでヒヤリとされられた。曲がりくねったゴルジュ帯を過ぎると周囲が開けてきて、やがて正面に今日の幕営予定地である剣尾根末端が見えてきた。池ノ谷左股の上部岩壁群には、雪がべっとり付着していてまるで冬山だ。とても残雪期とは思えない。「結構早えーな、うまくいけば三ノ窓まで上げれるんじゃねーか?。」 しかしこれは、しばらくしてとんでも誤りであると思い知らされる。いつまでたっても剣尾根末端が近づかない。しかもカンカンに照りつける太陽は、ラッセルで体力を奪われるのを加速化させ、我々は途中ですっかりバテてしまい結局剣尾根末端には、日射病ぎみでフラフラになりながら16時頃にようやく到着した。

 4月30日、3時起床。気が重い。急傾斜の池ノ谷左俣を取付きまでラッセルしなければならないからだ。5時出発、雪が夜中にカリカリにクラストしてくれていることを期待するが、みごとに裏切られる。ひどいところでは股ぐら位までのラッセル。時々四つん這いになって登った。ラッセル敗退というイヤなビジョンが頭に浮かんでくるのを必死に振り払いながら黙々とラッセルし続け、7時半過ぎ位にようやく取付きに到着した。R4の状態は、見た目は昨年の状態に雪が付着した程度にしか見えず、予想していたよりも氷は厚くはなかった。もともとこんなものなのだろう。だいたいR4を甘く考えすぎていたのだ。よくよく考えてみたら、これ以上氷が分厚くしっかりしたものであるならば5級なんていうグレードがつくはずがない。今回は氷が薄い、状態が悪い、などという言い訳は通用しない。敗退は心、技、体全ての貧困を物語るにほかならない。

 1P目は兄貴が取付く。兄貴は昨年1P目に実際に取付いていただけに、私以上にこのルートの鬼門となるであろうこのピッチに執念をもやしていた。ハーケンが1本しかないビレー点で兄貴のビレーを行う。ランペを過ぎてやがて姿が見えなくなると、ボヤキの声とネイリングの音が聞こえ出す。しかしゆっくりだが着実にロープは延びていた。あとロープが2m位しか無くなってしまったところで、兄貴がビレーアンカーが見当たらないのでジャンピングを打つ、と叫んできた。今年の冬は、冬壁でシャンピングの使用を余儀なくされることが数回あったので、そこらへんの頭の切換えは以前より早くなった気がする。しばらくして「ビレー解除」のコール。フォローで取付くが、さすがに恐ろしい。池ノ谷左股が急傾斜の為、ランペを過ぎるといきなりすごい高度感だ。傾斜が強いうえ、氷も氷というより硬い雪という感じで、アックスをひっかけながらそーっと登らないと、氷ごとはがされそうだ。そのためセカンドであるにもかかわらずすっかり緊張してしまった。ビレー点に到着するといきなり、スノーシャワーが襲ってきた。ここからしばらくはスノーシャワーとも格闘しなければならないようだ。

 2P目、私のリードで取付く。「アイスクライミング」の本ではこのピッチが核心となる、と書かれている。1P目が一番いやらしいのはわかっているが、本に核心と書かれている以上、1P目ほどではないにしろかなり厳しいのではないかという予想はあったので、私は気を引き締めなおして2P目へ挑んだ。ジワジワとルンゼの入り口をめざしトラバースする。そーっとルンゼをのぞくとあった、傾斜のきついアイスフォールが。しかし思ったほど長くはない。ベルグラに覆われていた残置ハーケンに、ベルクラを叩き落してランナーをとり、アイスフォール下部にいまいちの効きのスクリューをねじ込むと「ふーっ」 と一呼吸入れた。仮に落ちても最悪残置ハーケンで止まるだろう、と信じて一気にアイスフォールの突破にかかる。アイスフォールのど真ん中でアックステンションをかけながら、効いているのかわからないスクリューをねじ込みながら上がるのは得策とは思えなかったからだ。途中氷の傾斜のきつさに一瞬躊躇したが、本に書いてあるとうりに左右の壁にステミングを決めたら傾斜を殺す事ができたのでわりとスピーディーにアイスフォールを突破することが出来た。そのあとは少し傾斜の落ちた軟氷壁を小さい庇状になった岩のところまで行き、そこで切る事とした。前後見渡してもビレーアンカーらしきものは何もない。そもそもこういうルートで残置のビレーアンカーを求めるのが間違いなのかもしれない。効きの悪いスクリューに取り合えずセルフをとり最初ボルトを打とうとしたが、上から落ちてくるスノーシャワーで開けようとしている穴が濡れてしまい、そのためにかなり時間がかかることが予想されたので、やめてハーケンの決まるリスをもう一度よく探してみる事にした。岩の庇のところにリスがある。そこにナイフブレードを打ちこんでみたら結構いい音で入り始めた。しかし半分入ったところで止まってしまった。これに今セルフを取っているスクリューに加えてアックスのシャフトを堅雪壁に叩き込み、スクリュー、ハーケン、アックスの3点でビレーアンカーとした。

 3P目、軟氷壁の登攀。困難ではないがランナーが残置ハーケン1本しか取れない。スクリューは余り効かない。ハングでルンゼが押さえられた所がビレーポイントだがここはリングボルト1本とアングルが1本ある。アングルはぜんぜん効いていなかったので抜いて他のところに打ちこんだ、と兄貴が言っていた。

 4P目、右の氷壁を登る。出だしの10m位が傾斜が強く、氷も堅い。しかしそれを越えると傾斜が緩くなり、また軟氷壁となる。適当なところでスクリューでビレーアンカーを作るが22cmのスクリューでは長すぎて岩に当ってしまう。仕方ないので17cmのスクリューをねじ込むがこれさへも岩に当る。見た目以上に氷が薄いのだ。しかも柔らかいので効きもいまいちだ。今回、R4のためにブラックダイヤモンドから新しく出た13cmのスクリューを持っていったのだが、これが役に立つ時がついに来た。13cmスクリュー2本と17cmスクリュー1本(これは途中までしか入らなかった)の3本でビレーアンカーとし、セカンドを迎えた。

 5P目、同じような軟氷壁の登攀。最後の滝の手前で残置ハーケン一本にセルフをとり、スタンディングアックスビレイ。

 6P目、滝を越えて堅雪壁帯にでる。滝といっても軟氷壁が一時的に少し傾斜が強くなったにすぎない。滝を越えると稜線が見えて、終了が近くなってきた事を実感する。ここから先は全てスタンディングアックスビレイとなる。

 7、8Pと雪壁を登ると、もう稜線は指呼の間だ。

 最終の9P目は、岩が剥き出たベルグラ状の壁でそんなに困難ではないが支点が取れないので注意を要する。

 R4の登攀は事実上、これで終わりだがコルBまでは油断できない。ドームの頭から少し下ると小さなコルがあるが、これはコルBではない。この先の小ピークの次のコルがコルBである。この小ピークからコルBに下り立つルートがわからず、一瞬慌てふためくが小ピークを池ノ谷左股側からトラバースしたら何とかコルBに達する事ができたのでホッとした。ここからR2の下降は全く問題ない。雪が深かったので雑に足を置いても滑り落ちる事は全く無かった。エクストリームスキーヤーが喜びそうな傾斜だ。

 R2下降後、そのままロープを引きずってR4取付きまで下降し、そこでやっと重苦しいギヤとロープをはずした。R4取付きは足場が良く、しかも上がハングで守られているのでビバークや幕営するのには最適なところである。ドカッと腰をおろし、今登ってきたR4を見上げる。肉体的、精神的にボロボロになっている今、R4を見上げて思うことはただ一つである。「もう一度登れ、と言われても絶対に登らねー!!」
しばらく休んだあと、すっかりダンゴ状になってしまったアイゼンをはずし剣尾根末端のベースを目指し、下降を開始する。雪の状態が朝よりも悪い。ひどいところでは腰までもぐる。朝のピリピリした状態ならばヒステリックになっているだろうが、R4完登という栄光を手にした今はちがう。小1時間ほどでベースに到着すると、1パーティー入ってきていてテントを張っていた。そのテントが我々のものと同じテントだったので、一瞬自分達のものと勘違いしてしまった。

 5月1日、昨夜から降り始めた雪のような雨のようなものは朝になっても止む気配を見せない。予報では朝には上がる筈だったのだが、まあ山の天気は仕方がない。それに今日は下山だけなのでなにも慌てる事もないのだ。7時過ぎに起きてゆっくりと朝食をとったあと、ラジオを聞きながらのんびりとお茶をして雨が上がるのを待つ。ここは谷の中なのでラジオは入りにくいと思っていたのだが、予想に反して結構電波をキャッチする。11時頃に雨が上がり始めたのでぼちぼちと準備に取りかかる。しかし、その直後いたるところから雪崩の轟音が響きはじめ、こりゃイカんと少し出発をずらす事にした。なにもしないでボケッとしているのも何なのでビーコンの練習をして時間をつぶしていた。やがて雪崩の音がまばらになると、ガスも晴れてきて青空が見え始めた。それと同時に下から人が数人登ってくるのが遠くに確認できたので、ゴルジュ帯も大丈夫なのだろうと判断して13時ごろに下山にとりかかった。すぐに3人パーティーとすれ違った。彼らもR4狙いだそうだ。程無くしてゴルジュ帯にさしかかったが、その変容ぶりに思わず息を呑んだ。おとといまではただの雪面だったところが、今はぐさぐさのセラックになっている。「この2日の間に一体ここで何が起こったのだろう?。どのようにしたらほんの2日前までのっぺりとした雪面だったところが、ここまで荒れ果てたセラックに変貌してしまうのだろう?。」 只々、大自然のすさまじい破壊力に感服するのみである。またいつ何が起こるかわからないので小走りでゴルジュ帯を走り抜け、池ノ谷を白萩川へ抜けた時には心からホッとした。

 昨夜は下のほうは完全に雨だったようだ。入山したときはかなり新雪が積っていたのに、今ではそれがほとんど溶けていて5月特有の汚らしい腐った雪が剥き出しになり始めている。剣にもようやくおそい春が訪れた様だ。まだGWは始まったばかりである。予報ではGW後半は天気が良いそうだ。R4狙いのパーティーも入ってくる事だろう。しかし我々が登った時のような、壁に真っ白な雪がべっとりと付着した冬壁的様相で迎えてくれる可能性はかなり低いのではないかと思う。

 

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