比良 堂満ルンゼ,αルンゼ

 

記:槙野 勝治  

堂満ルンゼ

平成13年1月28日
メンバー 槙野

 イン谷に車を置いて,堂満ルンゼを目指した。堂満ルンゼを登るのは始めてだが,ルンゼの入り口に堰堤があるということを聞いていたので,すぐにそれとわかった。

 ルンゼ取り付には15,6人の人がハーネスをつけたりして準備をしていて,私が取り付く頃には既に皆出発していた。堰堤を左から登り,しばらく行くと4m程の滝があるがそこまでに運良く2人パーティを除いて皆パスできた。その後,そのパーティの後から登っていたが,「先に行きますか」と声をかけてくれたので,喜んで先に行かせてもらった。

 そこから先は,膝から腰まで潜るラッセルだったが,先行者のトレースが無くすごく楽しいものだった。このルンゼは2,3mの滝が5,6個あって岩に雪がついて難しいところも有ったが,落ちたとしても雪がクッションの役目をしてくれるから気が楽だった。最後の滝を越すと,後は結構急な勾配の雪壁を登るだけ。

 右手のピッケルを雪面に刺し,左手は手そのものを雪面に刺し込んで,そして膝で先に穴をあけてからその穴に足を掘り込んで,一歩また一歩と登っていった。下を見ると,自分がつけたラッセルの後がはるか下まで続いている。ここが比良とは到底思えなく,北アルプスのどこかを登っているような錯覚を覚える。

 あごから汗が滴り落ち,かなりへばりかけた頃ふと稜線に出た。というよりそこは堂満岳の頂上であった。今まで静寂で静かであったのに,そこに立った瞬間,人の声が辺りから聞こえてきた。頂上には一般道を登ってきた人が20人程昼食を取っていた。そこは張り詰めたものは無く穏やかな空気が流れていた。

 堂満ルンゼは,技術的には何も難しいことは無く,急な雪壁を登りきったところが頂上というすばらしいシチュエイションで,また何回も行きたくなるようなルートであった。

 

αルンゼ

平成13年2月4日
メンバー 槙野

 αルンゼは3年程前の12月にアイトレで一度行ったことがあるが,雪の付いた時期に登りたくて計画した。かなり難しい登攀になると思われるので十分な装備で望むことにした。ソロシステムとしてシャント,50mザイル,ピッケル,バイル,ピトン,ツェルト等を用意した。また,いつか何処かの本チャンのために,オーバー手袋は必ず付けて登ることにした。

 志賀町の集落を抜け中ノ谷に入る頃には、新雪が20cmから30cmと深くなってきた。しかし,先行者のトレースがあり歩きやすく,取り付きの堰堤まで難なくいけた。取り付きの堰堤に着くと,女性を一人含んだ4人のパーティが登攀の準備をしていた。しばらくして二組に分かれ,すぐ左側にある5mの滝に取り付いて行った。先行パーティのリーダーが,後続に「準備運動ができていないから気をつけて登るように」と指示を出していた。後続のパーティの登りを観察してから,さあ自分も登ろうかと取り付いた。残地ピトンが無いのでノーザイルで取り付いたが,取り付いてみて初めて彼の言葉の意味がわかった。     

 結構難しいから気をつけろよという意味だったのだ。岩には雪が付き,しかもホールドが細かい。ブレードで雪を取り除いてホールドを探すがない。仕方ないのでピックの先を岩の細かな凹凸に押さえ込んでそれをホールドにしてやっと乗り越すことができた。12月に来たときにはなんでもなかったのに,雪が付くと難しくなる。敗退の二文字が頭をよぎるが,いけるところまで行って駄目なら懸垂で降りようと,とりあえず進む。

 2番目の滝は難なく通過。

 3番目の滝で初めてザイルを使う。登り返しをするため時間を食う。

 4番目の滝で,先行パーティにやっと追いつく。5m程のチムニー状の滝に先行パーティのフォローが悪戦苦闘をしていたが,アイゼンのつめを岩にガリガリと音を立てて越していった。この滝は右側が凹角状で,下部で少しハングしている。左側はスラブ状で下部はホールドもあり登りやすそうだが,上部の乗り越すところのホールドが細かそうである。先行パーティは右側を登っていった。とりあえず右側から取り付いた。ハングのところが難しい。越せない。クライムダウンして今度は左側から取り付く。下部はやさしそうだが,上部の様子が分からない。ルートはやっぱり右側かとクライムダウンをする。このようなことを3回ほど繰り返し,敗退かと思うとき,もう一度右側のハングに取り付いた。右足と左足をホールドに載せ立ち上がり,右上のクラックにピッケルのピッグを刺し込むとガシッと効いた。これでいける。一気にハングを越した。

 5番目の滝は10mの滝でホールドに乏しい。先行パーティの女性はガリガリと何度もずり落ちていたが,この頃になると私のほうは調子も出てきて難なくクリアできた。

 6番目の滝は15m程度で,中ほどに残置ピンが2本ある。その辺りが難しいがその他はそうでもなかった。

 この後はもう滝もなく,急な雪壁を登ると稜線にでた。そこには先行の4人パーティが休憩をしていたので挨拶をした。彼等は大阪の何とか会(わすれた)の人で,リーダーは真鍋といっていた。関西岩峰会のことは良く知っているようで,唐橋さんによろしくと,言っていた。この人は登攀能力も優れていて,なかなか精悍な顔つきと,柔軟な体つきをしていているから,今後何かしてくれそうな気がした。彼等と分かれた後、頂上を踏もうと蓬莱山へ行った。スキーヤーが大勢いる中を黙々と,一人場違いな格好をして登った。

 

 難しいクライムが続いたが,何とか敗退せず登りきったことで充実した山行であった。

 

 

 

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