山行報告(屋久島・宮之浦岳)
単独行第3弾・大冒険in屋久島

記:桂 慶子 

 

【10月3日(水):1日目】ヤクスギランド発(14:40)⇒花之江河登山道入口(15:20)⇒大和杉(17:40)⇒
ツェルトを張る(18:30)…就寝(20:00)

【10月4日(木):2日目】起床(6:00)…出発(7:40)⇒ビャクシン沢渡渉点(8:00)⇒
渡渉点と小屋の半分位の場所(10:18)⇒見晴らし台(10:28)⇒石塚小屋着(11:52)
…石塚小屋発(12:52)⇒花之江河小屋跡(13:50)⇒花之江河(14:00)⇒黒味岳分岐(14:27)⇒
投石平(15:10)⇒投石岩小屋(15:18)⇒水場(16:20)⇒堂味岳(16:58)⇒宮之浦岳着(17:24)
…宮之浦岳発(17:58)⇒平石(18:40)…食事(19:30)…就寝(20:40)

【10月5日(金):3日目】起床(5:00)…平石発(7:58)⇒第2展望台(9:08)⇒第1展望台(9:39)⇒
新高塚小屋着(10:07)…新高塚小屋発(10:55)⇒高塚小屋着(12:07)…高塚小屋発(12:11)⇒
縄文杉着(12:17)…縄文杉発(14:07)⇒ウィルソン株着(15:37)…ウィルソン株発(15:57)⇒
大株入口着(16:14)…大株入口発(16:20)⇒分岐着(17:07)分岐発(17:20)⇒
辻峠着(18:06)…辻峠発(18:10)⇒白谷山荘着(18:34)…就寝(21:15)

【10月6日(土):4日目】起床(5:00)⇒白谷山荘発(7:34)⇒二代杉(9:30)⇒弥生杉(10:15)⇒
白谷雲水峡入口(10:47)…白谷雲水峡発(10:56)⇒楠川歩道入口着(13:14)⇒楠川温泉着(14:26)

 

1日目:初日は飛行機にて大阪・伊丹空港を出発し、鹿児島空港で乗り継ぎ、屋久島空港に到着した。ここまで来るのに実は問題が一つあった。飛行機にガスカートリッジを持ち込んではいけないことを知らなかったため、新品のカートリッジ(500と250)を没収されてしまったのだ。屋久島空港に着いたとき、空港近くのホームセンターにてカートリッジを買えたため、事なきを得た(実はその後空港にカートリッジを売っているのを見つけた)が、カートリッジ没収は結構ショックであった。その後1時間以上待ってバスに乗ってヤクスギランドまで行ったのであるが、この時ケチらずにさっさとタクシーに乗っていればその後の展開がおそらく変わっていたはずだ。

 バスの中でオス○レーのザックを持った女性の方と色々お話ししているうち、ヤクスギランドに至った。ヤクスギランドに到着し協力金300円を払い入場したのだが、入口のおじさんに「どこまで行くの?」と聞かれ「石塚小屋」と答えると「それはムリです。5時間かかります。」その後今日は遅いから淀川登山口から登りなさいみたいな事を言われたが、そう言われるとそうしたく無くなるのが私の性格なので、適当に言いくるめてゲートを抜けた。

 ヤクスギランド内は木道と歩きやすい自然道からなっており、大きな屋久杉が生えていた。それらを眺めながら花之江河登山口入口に到着し、そこから石塚小屋めざし登って行ったわけだが、ここを歩いていくうちにだんだん道が悪くなっていった。時々目印の赤テープが時々劣化して地面に落ちていたりするし、上にある木の枝が垂れ下がっていてザックに引っかかって歩きづらいし、一番大変だったのはまたげないぐらい馬鹿でかい大木がドッカーン、ドッカーンと登山道にぶっ倒れていてまたいだりくぐったりするのに苦労したのであった。はじめは「この先はルートで無いのではないか?」と思い別の方へ進もうとしたが、どう考えても他に道らしいところが見つからないのでどうやら大木を越えないと先へは進めなさそうだな・・と思い、何とか頑張って大木を越えるとしっかりと赤テープが付いていた。このようなところがこの先何カ所も出てくるのであった。

 しばらくそういうところが出てくると、「ふっ、どうせこの先が道なんだろうよ」みたいな感じで一種の慣れが生じてくるものだ。それにしても、大きい木が多いところだ。固有名称が無い木でも大きい木がたくさん存在している。そして、森が深い。こんなところで行方不明になっても見つかりそうに無いな・・と少し不安になった。色々考えながら歩いていると突然前方から枝をぽきぽき折る音が聞こえてきた。明らかに人間の歩き方では無さそうだったが、動物だとは思いたくはなかったので「えらく派手に歩く下山者やなぁ」と思っていたら、しばらくして突然、悲鳴のような声を上げてどたどた何処かへ走って行くではないか!私はかなり動揺してしまって「うわぁー、出た〜!!」「食べられたらどうしよう〜!」「襲ってきたらどうしよう〜!!!」と思わずその場で立ちすくんでしまった。でもずっとそうしているわけにも行かなかったので、こちらの存在を向こうにアピールしようとパチパチ手をたたいたり「わっ」と叫んだり歌を口ずさみながら歩くことにした。時々猿らしき声も聞こえたりしたが、歌っているうちに不安な気持ちはどこかへ吹っ飛んでいった。

沢 ちょうど花之江河登山口から歩き始めて2時間程経ったところに、大和杉と言われる大杉が登山道沿いにあるはずだったのだがなかなか出てこなかったので「もう通過したんかな?」と勝手に思いながらしばらく歩いていた。辺りはだんだん暗くなって行き、「この調子だと小屋に到着するのは真っ暗になってからだなー」と思っていると、今まで頼りない赤テープと『ヤクスギランド⇔花之江河』と書いた黄色いボロいプレートしか無かったのに、何故か今までの道とはおおよそ不釣り合いな立派な道標が立っていた。道も歩きやすく整備されていたので「何なんだよこのアンバランスさは?」と思い道標を見ると、なんとなんと、そこには『大和杉』の字が・・・。「えーー!やっと大和杉ぃ〜〜!!!」と思わず叫んでしまったと同時に、「今日は小屋には着けそうにないわぁ・・あーあ、またビバーグか(実は初めてでは無かったりして)」「シュラフとエアマットがあるし寒くはないやろ」「まぁ今日は歩けるところまで行ってみるか」ってな感じで、ビバーグ決定!!と思うと、あんまり情けない感じはしなかった。

 唯一の不安は夜中に動物が食糧を食べに来ないかということであった。そして、ほとんど辺りが暗くなったときちょうど人が2人位横になれそうな平べったい道に出たのでそこにツェルトを張った。中に入るとなぜかとてもホッとした。水を持っていなかったので夕食は作れなかったし作る気にもなれなかったので、非常食を食べた。メールを打とうとしたが圏外だったため、着メロ相手に歌を歌ったり着メロを聞いたりしているうちに眠たくなってきたため、その日は就寝する事にした。夜中屋久鹿の雄叫びが遠くに聞こえた。

 

 

2日目:「あっ、6時だ!」よりにもよってビバーク中に寝坊してしまうとは・・。でも結局自分一人しかいないのでまあよいだろーということでゆっくり整頓した後出発した。しばらく行くとビャクシン沢渡渉点に到着。「昨日のうちにここを通過したかったのになぁ」と思ったが、やや水量の増加した沢とナメ状の岩に付いている苔には、朝露がついてキラキラと輝いておりとても幻想的な景色であった。向こう岸へ渡るのがすこし怖かったけど、やはり朝にここを通ることが出来てちょっとラッキーだったな・・・と思いながら先へ進んだ。

 早朝は朝日が出ていたのに少し時間が経つと曇ってきたみたいで、しかも深い森の中を進んで行くので結構辺りは暗かった。途中猿が逃げて行くところを見たりもした。でももうあまり怖いという感覚はなくて「こういうのが原始の森なのかも・・」と思うと同時に、自分は原始の森を歩いてるんだと考えるとちょっぴり自分がたくましく思えてきたり(大袈裟じゃ)、安房登山道を選んで少し後悔していた気持ちがやはりここを選んで良かったのかもと思えてきたりした。途中木々が登山道を隠していたりして何度もルートを見失いかけたりもしたが、順調に高度を稼ぎ、登りに少々飽きてきた頃見晴らし台(1600m)に到着。大きい岩があるところだったが、見晴らしは全然良くなかった。後で知ったのだが、本によるとここの花崗岩は簡単に登れたのだそうだ。ちょっと損したかも。

 それは置いておいて、見晴らし台からしばらく歩き、景色の良いところに出た。地図とコンパスで方角を調べ、「あれは黒味岳かな」と思いながら引き続き登って行くと、ようやく前日宿泊するはずであった石塚小屋に到着した。小屋へ向かい歩いて行くと左側からガサガサと言う音が。「誰だ!」と思い振り向くとでっかいカエルであった。小雨がふっており少し肌寒く静かであった。コンクリートブロックで出来た小屋に入り2段ベッドの下段に腰をかけ軽く昼食を取った。小屋の机に年季の入ったノートが2冊置いてあったので記念に記帳したのだが、過去の記録のなかにはN○Kの方が取材に来られたらしく、機材も運んできたそうであった。「あんなすごい道を通って取材しに来るなんて・・・ぜひ見なければ」と思った。登山者の多くが安房登山道を下山路として使用していた。でも、少しは登りに使う人たちもいて、その多くが「コースタイム通りには行けません。」と記してあった。まさしくその通りで、山と○谷の本にはヤクスギランドからここまで6時間、山と○原地図には5時間10分と記載されてはいるが、休憩時間を抜いてもとてもそんな時間では行けないと思った。執筆者が驚異の体力の持ち主か、荷物を軽くして歩いたか、もう少し道が良かった頃のデータだろう。それとも私がへなちょこなのかな?

 もう日も高いしここから宮之浦岳を越えて新高塚小屋へ着くのは日が落ちてからだろうし、またビバーグも嫌だから今日はここへ泊まっていこうかとも考えたのだが、私に許された時間は6日までで今日は4日、少しでも先に進んでしまわないといけなかったので、結局行けるところまで行ってみよう(再び)ということになり、出発した。途中沢を渡るための橋が架かっていたのだが、その橋がなんと丸太を置いただけーというシンプルさ。「ここまで来たんだ。どんな道でも越えてやるさ〜」と怖いながらもガンガン進んだ。そんなところが数カ所、そして水浸しなところ等を越え、花之江河小屋跡を通過し10分程歩くと突然木道出現。「あれれ?いきなり歩きやすくなりましたな〜」と思っていると前方に湿原が広がっており、登山者が座っていたので思わず「あー、人がおる〜」とつぶやいてしまった。

投石平 花之江河湿原からは黒味岳が見えていた。時間があれば登りたかったのだが、それは無理そうであったので眺めて我慢することにした。座っていたお兄さんと少しお話しした後出発した。出発前、お兄さんが「お気をつけて」と一言。いやぁ、どーもありがとね。その後、黒味岳へ行く分岐と面白いかたちの石がポコポコある投石平、ビバークに適した投石岩小屋を通過。途中中高年登山者の方々と若い登山者の方々に会ったのだが、その中に今日石塚小屋へ行くという若い方がいた。花之江河から頂上へ向かう登山道は木道が多く、屋久島の宮之浦岳へ登る人がいかに多いかということを象徴していた。空はときどき青い空が見えたがほとんど白くガスっていた。山頂ではあまり景色は見えないだろうと思いつつ、湿原の上の木道を歩いていると、前方にビッグ○ンダーマウンテンのような山がときどきガスの間から見えたので、『ジッパ・○ィ・デュー・○ー』の歌を口ずさみながら歩いた。その山は宮之浦岳かな?と思っていたが、そうではなくて手前の栗生岳であった。

 栗生岳を越えるとさらに立派な山がドーンとそびえており、山頂にうっすらではあるが道標のようなものが立っているのが見えた。頭の中では日本百名山のBGMが流れていた。「あそこが宮之浦岳だ!とうとう来たなぁ」結構疲れてはいたが気力を振り絞り、頂上近くの「宮之浦岳30m」という道標に励まされ、とうとう宮之浦岳山頂到着。

 屋久島で一番高い場所に着いたとき、先ほどまで憂鬱そうにガスっていた空がすこしづつ晴れていき、美しい夕焼けの景色がそこにはあった。山頂の三角点の近くに外国のコインが落ちていた。宮之浦岳はなかなかインターナショナルだ。しばらくすると雲がスカッと晴れて、残念ながら海は見えなかったけれども夕日を浴びた永田岳が眼前にそびえていた。「かっこええな〜、次はあそこに登ってみたいわぁ」周りの知らない山々と共に深い森が眼下に見えていた。「屋久島って広いなぁ」改めて実感した。

永田岳 山頂で時間の許す限りゆっくりとしたかったので、結局夕日が見えなくなるまでその場に留まることにした。この時点でまたもやビバーク決定〜であったが、普通はなかなか宮之浦岳で夕日を拝むことは出来なかろうから、貴重なものを見られてむしろビバーグで良かったんじゃない?と思った。夕焼けを堪能した後、すばらしい景色を見せてくれた宮之浦岳に「ありがとう」とお礼を言った後、ビバーグ予定地の平石へ向け出発。周りはもう既に暗くなりつつあった。しかも山頂付近の稜線は背の高い笹薮が生い茂っており、より一層周りを暗く感じさせた。

 しばらくして焼野三叉路に着いた。「ここから永田岳へ行けるのか」と思いつつ先を急いだ。突然笹薮の中からザザッと1頭の鹿が現れて一瞬ギクッとした。鹿がこちらをじっと見つめる中、さらに暗くなる道を急ぎ、ほとんど暗くなったところで平石に着いた。何と雨風を避けるようなところの全然無い平らなところであった。でも水場は近いし今日は星空なので大丈夫だろうということで結局そこにツェルトを張り、夕食を作った。しばらく暖かいものを食べてなかったのでとてもおいしく感じた。

 月が出ていたが、ドラキュラ様が好みそうな非常に真っ赤で気持ち悪い色であった。星空を眺め「明日は念願の縄文杉に会えるな〜」「ここは九州か・・遠いところまで来たもんだ」としみじみと考えながら、携帯を取り出すと電波が安定していたので記念にメールを出した。ツェルトに入り携帯相手にしばらく眠くなるまで時間をつぶした後、就寝した。今日はよく歩いたなぁ。

 

 

3日目:夜中風が強かったため、朝起きるとツェルトが半分崩壊状態だった。それでも、とても気持ちよく眠ることが出来、自分の登山用品に感謝した。朝日を浴びながら朝食。なかなか贅沢だ(と思いこむ)。朝食後出発。誰もいない登山道を1人で歩くのは何だか世界に自分しかいないようで少し不思議な気持ちになった。途中平石岩屋というところを通りがかった。大きな岩があり雨風を避けられそうなところだったので、「あ、本当はここでビバーグするべきだったんだ」と気付いた。

 第二展望台というところに着いて宮之浦岳の方面を眺めると山頂は見えなかったがなかなか開けていて見晴らしがよかった。安房登山道ほどではないが少々崩れて歩きにくい道を下っていき、新高塚小屋着。大きな木造の立派な小屋だ。小屋近くの水場で顔を洗っていると角の生えた雄鹿がすぐ近くに立っているではないか。凶暴では無いのだろうが、あの角につつかれたら・・と思い、しばらく鹿とにらめっこしたのち、私は背中を向けて小屋へダッシュした。小屋の階段を上り後ろを振り返ると、すぐ近くの木道にその鹿が立っていた。私を追いかけてきたようだ。しかし、階段は上がらずに何処かへ去っていった。あの鹿は登山者が出す食糧を求めて来たのだろうか・・と思うと、人間が自然を歪ませているのかな・・と少し複雑な心境になった。

 小屋に置いてあったノートに記帳した後、出発した。森の中を歩いてはいるのだが、道標があるし道がはっきりしているので迷うことは無かった。周りは大木が多かったが、縄文杉はもっと大きかろうと、もうここから先は縄文杉のことばかり考えるようになっており、『○剣伝説○』のBGMを口ずさみながら歩いた。途中雨がザーっと降ってきたときには「ほほぉ、聖地っぽくなってきたねー、いい感じ〜」みたいにかなり妄想三昧。そして順調に高塚小屋着。今までだれもいなかった登山道にハイキング風の人がいたりして少しあっけに取られた。高塚小屋はこじんまりとした小屋であった。

縄文杉と私 高塚小屋からは木道が多かったので、縄文杉との出会いを楽しみに木道を早足で歩いた。そして前方に、人が沢山おり、立派な展望台とともに左側に・・・今までの杉とは比べものにならないほど馬鹿でかい大きい杉が真っ直ぐ天に向かってそびえていた。「おぉ、でっかいなぁ・・」思わずつぶやいた。ザックを下ろすことも忘れたままボーっとしばらく縄文杉を眺めていた。が、人がいないところでの出会いを楽しみにしていたのに、沢山人がいたのは少々ガッカリしてしまった。しかし、下から上がってくる人の中に、背中の曲がった老人が息を弾ませながら杖をついて縄文杉向かって登って行き、同じグループの人が「もうすぐだよ、頑張って!」と声を掛ける姿を目にした。それをみると、人がいない方が良かったと思う自分の考えが自分勝手であったことと同時に、「やはりすばらしいものだからこそ人が集まるものなのかな」とか「すばらしいものは一部の人たちのものではなく多くの人が見る権利があるのかな」などとふと思ってしまった。

 縄文杉の見える展望台に座り、縄文杉のすぐ下の水場で汲んだ水で昼食を作った。私が昼飯を作っている間に団体の人たちは10分程そこにいた後、元来た道を下っていった。あんなに頑張ったのにちょっとしかいられないのは気の毒だな・・と思いつつ、それに比べ自分はこんな時間についたのにゆっくり出来るんだからやはり個人旅行に限るね〜なんて考えながら昼食を食べた。気がつくと、いつのまにか周りには誰もいなくなった。縄文杉と2人?きり。何だか、縄文杉が私の願いを聞いてくれたみたいでやはり嬉しかった。 地球上の生物の大先輩はこの場で一体どれだけの時間を過ごし、どれだけ多くの苦難を乗り越え、どれだけ多くの人を見つめてきたのだろうか?縄文杉のスケールの大きさと比べると、自分は今はかなりちっぽけな存在だが、この出会いのおかげで少しは大きくなれるといいなとか色々意味不明な考えにふけっているうちに、あっと言う間に時間が過ぎてしまった。そろそろ行かないといかんと思ったので記念撮影したのち渋々その場を後にした。やっと会えた縄文杉と別れるのは名残惜しく、思わず目頭が熱くなったが「また会いに来るから、それまで元気でね」と勝手に約束をした。

 縄文杉からウィルソン株までの大株歩道はほとんどが木道になっており、歩きやすい道であった。途中夫婦杉、大王杉を通過した。このあたり、木道が道の上に台のように連なっていたので、「大王杉、台多すぎ〜」とアホみたいなセリフが思わず出てきた。途中、ウィルソン株への近道と自然観察路とがあったので、深く考えずに自然観察路の方へ進んだが、これがまたタイムロスの原因となってしまうのであった。

 途中猿の群に会ったし、例のごとくまたルートを見失いかけた。やっとの事でウィルソン株到着。これまたでかい杉の切り株だ。しかも、株の中には「延命水」と呼ばれる湧き水が湧いていた。昔、杉の調査に来たウィルソン博士がこの場で雨宿りをしたからウィルソン株と名前が付いたらしい。株の中の木魂神社にお参りした後、水をたんまり水筒に入れた。ウィルソン株の近くに「キャンプ禁止」と書いてあったので、やはり私と同じ考えをする人間がいるのだということだ。

 ウィルソン株を出て、大株歩道入口に到着する頃には周りはやや日が落ちかけていた。「急がなくては!!またビバグるわぁ〜」ということで、大株歩道からは小走りで行くことにした。大株歩道から楠川歩道出合あたりは昔、屋久杉を搬出したり人が乗るトロッコ等を引っ張っていた森林軌道車が走っていた線路が残っているところだ。電車になったつもりで鉄橋のところではちゃんと「ぽっぽっぽっぽ〜」と警笛を鳴らしながら、ひたすら休憩なしで行ったおかげで70分かかるところを47分に短縮した。

 楠川歩道出合についたときはかなり疲れていたが、辻峠めざしもうひと頑張り。楠川歩道というのは江戸時代に藩の奉行が歩いたことから奉行歩道とも呼ばれ、ずっと飛び石が敷かれていたのは、暗くなりゆく道を行くには助かった。が、ビバーグ候補地の辻の岩屋は真っ暗で何とも言えず怖い雰囲気だったし、辻峠についた頃にはほとんど周りが暗くて良く見えなかった。ヘッドランプで照らしても霧のせいでぼーっと光の筋が見えてかなり足下が見づらかった。辻峠から白谷山荘近辺はコケが美しいところで有名だが、私にとっては暗くて怖い印象が強く残った。途中かなり慎重になって道を行くうち、向こうの方に光が見えた。「ラッキ〜!小屋を発見!」ということで、つまづきながらも無事に小屋に到着した。

 のどが渇いたのでビールが欲しいなと思ってると、その日小屋に泊まっていた関西のグループの方にビールを頂き、またまたラッキーであった。森の中なので携帯は通じなかったが、小屋の中なので雨風の心配は無かった。しかし、トイレの近くだったので少々寝付くのに苦労した。

 

 

4日目:携帯電話の目覚ましで目が覚めた。今日でとうとう下山か・・とちょっぴり寂しい気持ちではあったが、朝食を取り出発。白谷雲水峡の原生林歩道を通ってくぐり杉、展望台杉、奉行杉、三本槍杉、三本足杉等の大きい個性的な杉や、いろんな種類のコケを観察したりしながら二代大杉という大きい杉に着いた。そこで休憩していると、向こうから何処かで見たことのある人が来るなと思っていたら、なんと1日目にヤクスギランド行きのバスの中で会ったオ○プレーザックの女性であった。偶然とはいえ面白いものだ。色々その後何があったか等、話しが弾んだ。最後に女性が「写真を1枚とってもよろしいですか?」と言って二代大杉をバックに私の写真を撮ってくれた。どんな風に写ったのだろうか。ちょっと見たかった。

 それから、弥生杉歩道というところを通り弥生杉を見学。縄文杉の次に大きい杉だそうだ。弥生杉の後は白谷雲水峡の入口に到着し、そのまま楠川歩道を楠川へ下って行った。途中三本杉を通過した辺りから少し悪い道で、ツルツルした石が多かった。この時はもうかなり疲れていて、早く温泉に入ることばかり考えていた。ようやく楠川登山口に到着し楠川温泉向けて歩いたが、途中曲がる道を間違え茶畑のおじさんに道を教えてもらい、ようやく楠川温泉に到着した。温泉に入った後は温泉で一緒だったおばあさんに車で宮之浦まで送ってもらった。そして、宮之浦で1泊。

 

 

5日目:せっかく宮之浦まで行ったのに、高速船トッピーの出発地が安房だったので、安房までタクシーで行き、荷物を置いて安房の近くの海水浴場まで散歩した。海を眺めながら、屋久島で一番高い宮之浦岳から海抜0mまで下りてきたんだなぁとちょっぴり感動した。しかし、屋久島は暑いところで、10月だと言うのにセミが鳴いており、ハイビスカス?が美しく咲き誇っていた。もうここは山とは全然違う人の住む場所だ。水平線を眺めながら、何だかいろんなものを見たなぁとしみじみ今までのことを思い出した。トッピーに乗り、徐々に離れてゆく屋久島を眺めながら、また来られるといいな、そう思った。

 

おまけ:屋久島は私がまだゲーマーだった頃から行ってみたいと思っていた島です。屋久島に興味を持ったのは、スク○ェアの『聖○伝説』2と3をプレイした時にゲーム中に出てくるマナの大木とその木の生えている小さな島の設定と、当時テレビか新聞で知った屋久島にある杉の大木と何か通じるものがあり、「おお、この木はまるでマナの木みたい!ぜひ行ってみたい」とずっと考えていました。しかし、当時体力と気力に全く自信の無かった私は、「この島はきっとベテランしか行けないに違いない」と勝手なことを考えていましたが、登山に興味を持ち、山について調べているうち「今の自分になら行けるかも」と思うようになり、偶然にも時間の都合もついたお陰で行くことが出来ました。

 実際行ってみると、メジャーなルートを使えば初心者でも行けるし、少しマイナーなルートになると道は分かりにくいが自然を満喫するには十分すぎる道だということも分かりました。もし次行く機会が出来たなら、永田岳やモッチョム岳、花山歩道や雪の宮之浦岳、ウミガメの産卵で有名な永田浜など色々行ってみたいです。そして再び、縄文杉を見たいです。

 

 最後に、今回の屋久島行きにあたって色々アドバイスして下さった皆様、ビバーグ中励ましのメールを送って下さった皆様、そして、快く臨時休暇を下さった先輩及び先生方、ありがとうございました。

 

 

Topページへ