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![]() 私の思い入れのこの山、このルート: 屋久島(宮之浦岳) 2001.9.19 手嶋 私にとっての本格的な山登り、その出発点がこの山である。 それまでにも富士山や乗鞍岳というような日帰りでも登れるところには行っていたが、 小屋泊まりとはいえ一人ですべて計画してチャレンジしただけに非常に強い印象が残っている。また、九州の最高峰であることもあり是非九州に住んでいる間に行ってみたいと考えた。 私が選んだルートは楠川(海抜0m)から出発し、途中縄文杉を経由し九州1,2位の宮之浦岳、永田岳を経由し北側の永田(海抜0m)に降りるというルートである。高塚小屋で泊まるとして、一日目15km、2日目20kmはあるややハードな行程であった。 1990年8月31日午前7時、楠川を出発。前日、宮之浦港に着いて地図を見ていたらパチンコ屋から出てきたおっさんに声を掛けられ「わしの家に泊まりなさい」というのにあっさり追いていき、バスでここまで移動していた。天気はあいにくの雨であったが、白河小屋までは亜熱帯性の植物や屋久杉を眺めつつ静かな山歩きを楽しんだ。 白河小屋には8月一杯までということで管理人のおじさんがいて、屋久島では迷った時に沢に下りずに尾根に上がるように、永田の方は道が分かりにくいところがあるといったアドバイスを頂いた。ここから先はトロッコ軌道跡やウィルソン株といったところを誰にも会わずひたすら登っていった。そしてこの登山のハイライト、縄文杉と対面した。それは誰一人いないしんとした空気の中に整然と存在していた。推定樹齢7000年以上ということでどんなに大きいのかという興味を持っていたのだが、その堂々とした存在そのものに圧倒された。もこもことして力強い幹に広く張り出した根はそれまでに見たどんな木よりも印象に残るものであった。この当時はまだ世界遺産に指定される前であり柵などもなく直接触ることもできたので夕闇も近づいていたのだが1時間くらい滞在したのを覚えている。 その日はすぐ先の高塚小屋に泊まり、翌日やはり雨の中を宮之浦岳を目指した。しかし九州最高峰の出迎えはなかなか厳しいものであった。台風並みの強風が吹く中かっぱをとばされないようにしつつかろうじて写真を一枚とってすぐに永田岳に向かった。ここも霧の中、後はひたすら小さな赤テープを見落とさないように半分走りながら降りていった。永田への道のりは結構長くて下に行くにつれてヒルもいたためとても楽しいとは言えなかったが永田の海が見えた時はうれしかった。 私にとっての初の単独泊まり山行はこれで終わったのであるが、この後の種子島自転車一周と合わせて一人旅で自然や地元の人たちと触れ合う楽しさを学んだ非常に思い出深い山行であった。 その5年後には大学の後輩と半分雪山と化した宮之浦岳に行ったのであるが、この時には仲間と行く山の楽しさと自然の厳しさを味わうことになった。宮之浦岳から淀川小屋へのルートはあきらめたままになっておりまた機会があれば是非とも行きたい山である。 「黒潮」というおいしい焼酎も待ってるし。。。 次回のこのコーナーは寺澤(昌)さんにお願いしてます。 |