私の思い入れのこの山、このルート

                                                    岩 田 竜 一

 笠ヶ岳

  山で感動したという経験は何回かありますが、16歳の夏、笠ヶ岳との出合いは特に印象に残っています。年齢を重ねて感受性も鈍った今となっては、おそらくあの時感じた感情は二度と涌いてこないのだろうなと感じることもあります。そう思うと、これは山登りに関する思い出であると同時に、私の高校時代を振りかえるにあたって、それ抜きには語ることができないできごとと言えるのかもしれません。

  私が入学した高校には山岳部がありまして、とりあえず訳も分からないまま入部しました。当時部員は3名しかおらず、そのうち1年生は私一人という廃部寸前の状況で、非常にさえないクラブでした。山岳部とはいっても所詮高校生ですから、たいしたことはできません。月に一度鈴鹿山脈を縦走するのが主な活動でした。

  そんな山岳部にも夏合宿がありまして、高校1年の夏は、表銀座から槍ヶ岳を登って笠ヶ岳まで4泊5日の縦走することになりました。もう昔のことなので、細かいことはほとんど覚えていません。記憶にあるのは4日目の夕方ぐらい。あとはずっと天気に恵まれなかったことと、林道にでたところで、みんなでげらげら笑いながらポリタンの水を回し飲みしたことでしょうか。

   この山行は、私にとっての初めての長期山行であり、また、初めての北アルプスの縦走でした。20kgを超える荷物を背負うもこれまた初めての経験であり、初日からバテまくっていたのでした。

  初日から3日目の双六まではずっと雨が降り、ひたすらガスの中を歩かされました。槍の頂上に登る時には、「ここから落ちたらもう歩かなくてもいいのに」とさえ思っていました。特に辛かったのはテント泊で、マットもなしに、絞れば水が滴るようなシュラフで夜を耐えなくてはならないことでした。

  笠ヶ岳へ向かう4日目は、雨こそやんだものの相変わらずガスで何も見えません。ときどき見かける雷鳥の親子だけが心の慰めでした。夏なのに手がかじかむほど寒く、つらいものでした。

  ところがです。笠ヶ岳山頂に着いたとたん、突然ガスが稜線を乗り越してそのまま下の方に下りていくではありませんか!そんな大自然の仕業も不思議でたまりませんでしたが、私の目に飛び込んできた青空と北アルプスの景色は、言葉では表現できないくらいに感動しました。日本にこんなところがあったなんて!その夜の星空もまた素晴らしく、あれほどすごい星空は、後にも先にも見たことはありません。

  翌朝、再び笠ヶ岳の頂上に登ってご来光を拝み、4日間歩きとおした稜線を見て思いました。これが僕らの甲子園なんだと。それは「山」というものが、自分にとってかけがえのないものになった瞬間でありました。

   時は流れまして 、大学4年の3月、今度は逆に笠ヶ岳から槍の縦走に向かいました。いつか積雪期にあの稜線を歩いてみたいと、大学山岳部入部以来ずっとあたためてきた計画です。このときも笠ヶ岳の頂上は快晴で、あの10代の夏の感動を再び呼び起こしてくれたのでした。

 

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