連載第8回 今月の一冊
『 青春を山に賭けて 』 植村 直己 著
記 中島 憲一
冒険家・植村直己の名前はよく聞いていたけれど、どんな人かを知ったのは1978年の、犬ぞりによる北極点単独行のときだった。
この冒険のスポンサーが毎日新聞で、北極点到達までの経過を、同時進行ドキュメントで連日報道していた。当時我が家は毎日新聞を取っていて、私も植村さんの手記や、極地での苦闘を称える記事を読んでいた。
一方、朝日新聞はこの冒険について、飛行機から食糧や犬の補給を受けている。GPS(当時NASAが開発した、画期的な衛星探査システム)によって、衛星から現在位置を補足してもらっている。北極点到達後はベースまで飛行機で戻ってきた。等々完全サポートされた『世紀の冒険ショー』とこき下ろしていた。まあ素人の私が見ても、冒険のロマンはあまり感じられなかった。
その後、私は登山を始め、植村さんを知る機会が増えた。そして素朴な人柄や若き日の冒険を知り、最初のイメージは変わっていった。1984年、植村さんが厳冬のマッキンリーで消息を絶ったときは、多くの記事や論評を読んだ。「冒険がエスカレートしていくに連れ、自分のペースを離れ、自分で自分の首を締めていった」というのが、識者の一致した見方だった。
それから何年もたって、植村さんへの関心も薄れていたある日、会社の若い人から「中島さんは、山に登ってはるんですね。僕は登山の経験はないけれど、植村直己の本を読んで憧れているんです」と言われ驚いたことがある。それまで喋ったこともない人から急に言われ、何と答えたか覚えてないけれど。
そしてまた、亡くなった菊地君が「植村直己の『青春を山に賭けて』に感動して、大学入学後すぐに山岳部に入った・・・」と語っていたのは、今も心に残る思い出のひとこまです。
こうしたいきさつがあり、植村さんの本は頭の片隅にずっとあったのですが、読む機会がないまま時が経ぎていた。ところが本連載が始まり、岩場や飲み会の雑談で「植村直己が面白い」という話がでて、初めて植村さんの本を読みました。
前置きが長くてスイマセン。本題の感想ですが、「面白い!!!」メチャクチャ面白くて一気に読んでしまった。これほど面白い本を読んだのは久し振りだ。植村直己の自由奔放、型破りな生き方。五大陸最高峰の登頂(というか放浪?)始め、数々の冒険におけるアニマルぶり。世界各地で出会った人達(特に女性?)との異文化コミュニケーション。外国語がまるで解せないのに、窮地に陥ったときの度胸とかけひき等々を本書に沿って紹介すると
■ 1960年4月〜
兵庫県の田舎から明治大学に入学。ほとんど山のことを知らないまま、なりゆきで山岳部に入る。明大山岳部伝統の「地獄のシゴキ」に泣かされ、必死で耐えていくが、いつのまにか山にどっぷりハマッてしまう。
■ 1964年5月
山にうつつを抜かして成績最悪。卒業しても、まっとうなサラリーマンは勤まりそうもない。ならば、「一度でもいいから、海外の山に登りたい!!」と日本脱出。
アルバイトで貯めた110ドルと片道切符のみで、南米行き移民船に乗り、アメリカへ旅立つ。英語がまるで喋れないのは、言うまでもない。
■ 1964年6月〜
ロサンゼルス到着後、ヨーロッパアルプスへの旅費を工面する為、カリフォルニアの果樹園にもぐり込む。メキシカンに混じり、炎天下のぶどうもぎで資金を稼ぐが、不法就労がバレて移民局に拘束される。
係官の好意で強請送還はまぬがれたものの、国外撤去処分となり、大陸横断長距離バスでニューヨークへ。
■ 1964年11月〜
大西洋を渡りフランスのル・アーブル入港。列車を乗り継ぎ、憧れのシャモニーに辿りつく。さっそくモン・ブランに挑戦するが、クレバスに転落してあえなく敗退。
フランス語が全く喋れないのに、モルジンヌのスキー場で、雑役のアルバイトにありつく。これ以後、登山資金を貯めるため、コチコチのパンとポテトの窮乏生活が始まる。
■ 1965年2月〜
明治大学ゴジュンバ・カン(7646m)遠征隊に飛び入り参加。第2次アタック隊で初登頂をおさめる。しかし、遠征準備を手伝っていない、個人負担金を払っていない等々の負い目があり、「一緒に日本へ帰れ!」との隊長命令を固辞する。
カトマンズから無銭旅行でインドを縦断し、ボンベイ、マルセイユを経てモルジンヌに戻る。ヒマラヤ遠征と無銭旅行で体はボロボロ。それでも戻ってからガムシャラに働いたのがたたり、肝炎でダウン。1ヶ月入院するハメになる。
■ 1966年7月
ヨーロッパ最高峰モン・ブラン(4484m)のリベンジで単独登頂を果たす。更にイタリア側からマッターホルン西陵単独登攀。
■ 1966年10月〜
貨物船の4等船室(船倉)に乗り込み、東アフリカ・ケニヤのモンバサに上陸。列車でナイロビを経てケニア山近郊のナンユキに着く。
が、しかし、ナンユキからケニヤ山の麓までは、猛獣が潜むジャングル。キャラバン隊を組む金が無く、自称ガイド?の現地青年と二人で、ピッケルを武器にジャングルを強行突破する。
ケニヤ山登頂後、アフリカ最高峰キリマンジャロ(5941m)にも単独登頂。
■ 1968年1月〜
モルジンヌの暮らしと別れ、スペイン船で南米アルゼンチンへ向かう。南米最高峰アコンカグア(6941m)を目指すが、メンドサで登山許可を得るのに四苦八苦。
地元の軍隊・警察にバカにされながら、意地でアコンカグア単独登頂。プラサ・デ・ムーラから標高差2800mを15時間で登りきる。
■ 1968年4月〜
ボリビアからペルーに入るが、雨季でペルー・アンデスは断念。次の目的地アメリカへの旅費節減を兼ね、アマゾン河6000kmをイカダで下る。
源流のウアリア川から、緑の魔境に突っ込み、激流、酷暑、スコール、盗賊、ピラニア?等々の危機を乗り越え、60日後に河口のマカバに到達。
■ 1968年6月〜
マイアミ経由でカリフォルニアへ。今度は移民局にバレないように働き、300ドル貯めてアラスカに向かう。マッキンリーの単独登頂を狙うが、登山許可が下りず断念。代わりにアラスカ東部のサンフォード(4952m)登頂。
■ 1968年10月〜
4年半におよぶ世界放浪の旅を終え日本に舞い戻る。この頃、日本山岳会のエベレスト遠征が決まり、第1次偵察隊から参加。第2次偵察隊では、南西壁8000mまで試登。その後、現地クムジュンで越冬。
■ 1970年5月
世界最高峰エベレスト(8848m)の日本人初登頂。
■ 1970年8月
アラスカに渡り北米最高峰マッキンリー(6194m)を目指す。国立公園長の計らいで、単独登山の許可を得て、マッキンリーの単独初登頂。世界で初めて五大陸最高峰の登頂者となる。
■ 1970年12月
山学同志会隊で厳冬のグランドジョラス北壁に挑む、大寒波襲来の中、9晩10日の壮絶な登攀でウォ−カーバットレス冬季第3登。
以上、夢が夢を呼ぶ冒険物語を読んで、植村さんに憧れるか、変人と一笑に付すかは人それぞれでしょう。
私も紆余曲折があり、はみだし人間の一人として、今は植村さんの生き方に共感しますが、10代の頃であれば、植村さんに影響されたかどうかは疑問です。(マンガチックに面白がったとは思いますが)
さて、今の時代、海外旅行に行かない人はめずらしく、世界各地を放浪する人達、辺境で暮らす人達も少なくありません。植村さんは、海外を旅する日本人のはしりなのでしょう。
しかし、植村さんの青春時代、海外旅行はまだまだ夢の世界。そして、時代はまさに高度経済成長の真っ只中。世間一般のレールに乗って地道に働いていれば、誰もが幸せになれる(と信じられていた)時代です。そうした時代に、まっとうなレールを飛び出し、夢に向かって駆け抜ける姿は、痛快の極みです。
長引く不況で先行き真っ暗、価値観が混沌としている現代、悩める若い皆さん、ちょっと一息ついてこの本を読めば、人生観が変わる(誤る?)かもしれません。
私も「60日間アマゾン・イカダ下り」の章を読んでいるうちに、ペルー・アンデスからアマゾン源流を放浪し、イキトスからベレンまで、アマゾン河を下ってみたくなりました。(むろんイカダよりヤバイ?客船で)
最後にその後の植村さんの足跡を書いておきます。
‘71年:エベレスト南西壁国際隊に参加。帰国後、日本列島3000kmを徒歩で縦断。
‘72年:南極偵察。その後約一年間、グリーンランドでイヌイットと生活をする。
‘74年:野崎公子さんと結婚。
グリーンランド・ケケッタより北極圏12000km単独犬ぞり行に出発。
‘76年:一年半かけた氷上の旅を終え、アラスカ・コッビューに到着。
‘78年:犬ぞりで世界初の単独北極点到達。更に初のグリーンランド縦断に成功。
‘79年:イギリスのバーラー賞(勇気ある行動に贈られる賞)受賞。
‘80年:厳冬季アコンカグア第2登。
‘81年:日本冬季エベレスト隊を率いるが、隊員の遭難で登頂断念。
‘83年:南極点単独犬ぞり到達と南極大陸最高峰ヴィンソン・マシフ(5140m)登頂を目指したが、フォークランド紛争のあおりで断念。
‘84年:マッキンリー冬季単独初登頂後、消息を絶つ。後に国民栄誉賞受賞。
『青春を山に賭けて』 植村直己著 1971年 毎日新聞刊(後に文春文庫)
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映画 『植村直己物語』(西田敏行 主演)を観た人はおられるでしょう。
「冒険家・植村直己(西田敏行)と公子夫人(倍賞千恵子)の夫婦愛を描いた感動の大作・・・」がキャッチコピーで、映画のロケ隊がエベレスト登頂後、ビバークとなり遭難寸前だったのは、雑誌で読んで知っていました。
封切り当時、特に関心がなく、TV放映された時も途中から観たせいで、ストーリーのつながりがさっぱり分らず、すぐに寝てしまった。(ゴジュンバ・カンの登頂シーンが時代遅れで、観る気をなくしたのを覚えている)
しかし、この『青春を山に賭けて』を読んだ今、惜しいことをしたと思っています。映画も見たくなり、近所のレンタルビデオ屋で探しましたが置いていません。どこの店に行けば、あるのでしょうか?映画の感想も書きたいと思っています。勿論、別の人にも書いて欲しいです。