連載第11回 今月の一冊
「日本百名山」の背景
深田 久弥・二つの愛 安宅 夏夫 著
記 中島 憲一
『日本百名山』ブームもすっかり定着した感のある昨今、百名山を目標に頑張っておられる会員諸兄も多いと思います。深田 久弥氏の名著『日本百名山』は、山好きの人には説明の必要もないロングセラーですが、著者の深田 久弥氏のことを知る人は、案外少ないのではないでしょうか?
私も当然『日本百名山』は読みましたが、それ以外の深田氏の著書では、『わが山々』を文庫本で買ったものの、かったるくて数ページで読む気をなくし、この本を読むまで深田
久弥氏のことは、山の作家というより山岳評論家ないしは、ヒマラヤやシルクロードの研究家だと思っていました。
実はこの本は、忘年会のプレゼント交換で某嬢から貰ったもので、山岳書のカテゴリーに入れて良いのか難しいところです。しかし、読み出すと実に興味深い。
「なぜ深田氏が小説の世界を離れ、山の作家へと転身したのか?その秘密を解く鍵は、二人の女性との運命的な出会いにあった・・・」この本は一人の作家の運命を変えた「愛と葛藤のドラマ」、いわば『日本百名山』の誕生秘話とでもいうべき本です。
この本を読めば、名著の見方が、また一味違ってくるのではないでしょうか。百名山を目標にしておられる方々はもちろんのこと、そうでないクライマー諸兄も、ちょっとクライミングから離れ、一読してみてください。自分の世界が、また一つ広がるのではと思います。
深田久弥氏は、明治36年石川県大聖寺町(現・加賀市)生まれ、福井中学を経て上京し、第一高等学校に入学します。一高では文芸部に所属しますが、山もまた少年時代からの大好きな道でした。この頃、深田青年は、本郷通りで見かけた少女に心惹かれますが、声もかけられない淡い初恋で終わってしまう。
そして、東大文学部在学中に「新思潮」同人となり、文学活動を行う一方、改造社編集部員に採用されます。この当時、深田氏の周囲には、文学にまるで縁のない私でさえ名前ぐらいは知っている有名作家が、ずらりと並んでいます。
さて、改造社編集部員となった深田は、懸賞小説に応募してきた「北畠八穂」の才能を見出します。そして脊椎カリエスを病み、郷里の津軽に帰っていた彼女を訪ねて驚いた。あの本郷通りの初恋の少女と、うりふたつだったからです。しかも、彼女は病気に挫けることなく、文学によって自分を花開かせようとして苦闘している。
こうして、初対面で八穂に深く心を奪われた深田は、運命の出会いを感じ、自分がこの人の支えになろうと心に決めたのです。
八穂は深田を頼って上京し、二人は結婚します。そして鎌倉に移った二人は、八穂が執筆した草稿を、深田が推稿して書き直す共同作業で、抒情的作品を次々に発表し文壇の注目を集めます。
また、山好きの深田は、山の紀行文・随筆などを執筆するかたわら、文芸評論家としても活躍し、人も知る鎌倉文士、有名作家となります。一方、八穂の病状は悪化し歩行不能な状態にまでおちいりますが、創作意欲はいささかも衰えません。
その後、文壇の最高峰「文学界」同人となった深田は、戦争の暗い影がしのびよる昭和16年、全く偶然、一高時代に本郷通りで見初めた、あの初恋の女性「木庭しげ子」と再会します。しかも、彼女は家庭の事情で婚期をのがしていた。
そして太平洋戦争が勃発。戦禍は激しくなり、ついに深田も応召され中国に渡る。
ということで、ここから先がいよいよ本書のメインテーマなのですが、これ以上書くと本書の興味が半減してしまいます。というか実はこの原稿、アマゾンで書いているんで参考文献がなく、ここから先どう切りこめば良いのか見当がつきません。
これ以上書こうとすれば、文芸評論の世界になってしまい、本コーナーの趣旨との兼ね合いはともかく、私に文学の知識がないため、もう一歩突っ込んだ文章は書けそうにありません。
そういう意味で、本書を文学愛好家の立場で読むと、作家・深田久弥の評伝を通して書かれた、「隠された昭和の文学史」ともとれます。
文学に興味のある方(まず山ヤには、いないだろうけど)は、是非もう一方の当事者、北畠八穂の著書も読んでみて下さい。彼女は、戦後その後半生を優れた小説家、児童文学者として大成しています。
ここでは戦後、中国大陸から復員した深田久弥氏が、中央の文壇を離れ、郷里に戻らねばならなかったとき、ふるさとの山「白山」が心の支えとなり、山の作家へと転身する決意を与えたことを『日本百名山』の白山の章から引用しておきます。
「戦後、私はふるさとに帰って三年半の孤独な疎開生活を送ったが、白山はどれほど私を慰めてくれたことか」
「白山について語り出せばきりがない。それほど多くのものをこの山は私に与えている」
『日本百名山の背景』 安宅 夏夫著 初版2002年 集英社新書
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余談ですが『日本百名山』は、当然本コーナーでも取り上げねばならない一冊です。執筆は某長老のために空けてありますので、よろしくお願いします。
また、本コーナーの立案者の一人として、連載開始以来思うことは、山の本は実に奥が深い。このうえは、タイトルを『岩峰100名著』とすべく、連載100回まで続ける意気込みで、しつこく書きつづけようとたくらんでおります。
会員各位の執筆と協力をお願いします。